FC2ブログ

60年代の輪郭 『続・夕陽のガンマン』〈The Good, the Bad and the Ugly〉

2009-07-08

タイトル
『続・夕陽のガンマン』
監督
セルジオ・レオーネ(Sergio Leone)
音楽監督
エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)
原題
The Good, the Bad and the Ugly
リリース年
1966年
plain dvd

〈名無しのガンマン〉三部作は、ヒットを重ねた結果、予算がふくれあがっていき、一作目の『荒野の用心棒』と最後の『続・夕陽のガンマン』では、同じシリーズとはおもえないほど、全体の雰囲気が異なっています。

当時は知らなかったのですが、『荒野の用心棒』はアメリカでの公開が遅れたせいか、大きなヒットにはいたらず、二作目の『夕陽のガンマン』がヒットし、三作目の『続・夕陽のガンマン』でやっと大当たりしたのだそうです。なるほど、それでテーマ曲のほうもヒットしたのかと納得がいきましたが、その話は、テーマ曲とカヴァー盤を一覧する次回にふれることにします。


title

☆戦争映画?☆

公開当時は、セルジオ・レオーネ監督、エンニオ・モリコーネ音楽、クリント・イーストウッド主演、リー・ヴァン・クリーフが共演なので、はじめからシリーズの続篇だと決めつけていたせいか、とくに違和感なく、前二作と同じ、クリント・イーストウッドが狙った金を手に入れる話だと思って映画館に行き、そういう映画だったと感じて出てきた記憶があります。

しかし、見直してみると、「いつもの名無しのガンマン映画」というのはためらうほど、前二作とニュアンスが異なっていると感じます。『荒野の用心棒』は空間的にも狭く、時間的にもかぎられた物語で、そういう内容に見合った予算だったはずです。それがシリーズ二作目の『夕陽のガンマン』ではかなりスケールアップして、時間的にも空間的にも広がりました。当然、それに見合って予算も増大したはずで、だからこそ、リー・ヴァン・クリーフをキャストできたのでしょう。

the good the bad poster 1

二作目の『夕陽のガンマン』のヒットで、ユナイティッド・アーティスツが三作目の製作を促し、資金を出して予算が組まれたということです(最終的には130万ドルかかったという)。その結果、『続・夕陽のガンマン』ともなると、イーライ・ウォラックまで加わって、タイトルどおり三つどもえの戦いとなり、彼らが争う背景(南北戦争)のほうも大きくなり、出演者の数、セットの数、さらには上映時間(3時間)といった、だれにでも勘定できるものだけで考えても、前二作とは比較にならないほどスケールが大きくなっています。

『荒野の用心棒』はそこそこ客が入れば利益が出るくらいの低予算だったでしょうが、『続・夕陽のガンマン』は大入りでなければ大失敗となっていたはずです。はじめから、アメリカ市場でのヒットを狙ってシナリオが書かれ、主要な役のキャスティングがされたにちがいありません。結果的に、『続・夕陽のガンマン』はアメリカでもヒットしたのは慶賀に堪えません。

☆いいシーン、笑えるシーン、退屈なシーン☆

冒頭の30分はいつもの調子で、軽快な展開です。とりわけ、イーライ・ウォラック扮するお尋ね者の〈テュコ〉をイーストウッドが捕まえ、保安官に突き出して賞金をもらい、いざ縛り首という危ない瀬戸際に、イーストウッドが〈テュコ〉の首にかかったロープをライフルで撃って助け出し、またべつの町に行って、〈テュコ〉を保安官に突き出し、ということを繰り返して、賞金を二重三重に稼ぐ馴れ合いの商売は、いかにもこのシリーズのカラーに合ったアイディアで、おおいに楽しめます。

hanging 1
hanging 2
ウォラックが首をくくられる寸前に、イーストウッドがライフルでロープを撃って助け出す。このシーンの撮影では、馬が驚き、両腕を縛られたままのウォラックを乗せて暴走したという。

イーストウッドとリー・ヴァン・クリーフが演じるキャラクター、善玉(というほどいいことはしない!)と悪玉は、どちらもいかにもお話のなかの登場人物で、リアリスティックなものではないのですが、ウォラックの〈テュコ〉は、われわれの身近にもいそうな人物です。このキャラクターの導入と造形が、『続・夕陽のガンマン』のもっともいいところではないかと感じます。

イーストウッドがウォラックをお払い箱にしたために、二人が対立し、ウォラックがイーストウッドをつけまわしはじめるあたりから、テンポが落ちて、マカロニ・ウェスタンらしい、荒唐無稽の楽しさは影を潜めはじめます。そして、後半は南北戦争の無惨さが、娯楽映画としては不必要に長く、不必要に細かく描写されます。

これはアメリカで大ヒットした理由のひとつなのでしょう。映画も時代とは切り離せないので、そのときに多くの人が関心をもっていることを取り入れるのは当然のことです。『続・夕陽のガンマン』に描かれたのは、明らかにヴェトナム戦争のたとえとしての南北戦争です。

でも、いま見ると、前半と後半では、タッチ、ニュアンスが懸け離れていて、大きな違和感があります。前半に、イーストウッドがべつのお尋ね者と組んで、賞金二重取りの商売をやっているところに、ウォラックがやってくるシーンがあります。いままさに縛り首になろうという瀬戸際で、イーストウッドはロープを切ろうとライフルをかまえているのですが、ウォラックはイーストウッドの頭に銃を突きつけ、ようやく捕まえたぞ、立て、といいます。イーストウッドは、相棒を助けたいと思うのですが、ウォラックは同意しません。結局、相棒は縛り首になってしまうのですが、イーストウッドはひと言、「すまんな」というだけです。

hanging 3
まずいときに邪魔が入り、こちらの相棒は助けそこねてしまう。

観客はここでおおいに笑います。これがこのシリーズの、死をも茶化すユーモアの典型で、われわれはこのような常識無視に共感してきたのです。そういうノリで見ていると、後半の南北戦争の描写はあまりにもまっとうな反戦映画のスタイルで、さっき、縛り首の場面で笑ったことは間違っていたような気分になってしまうのです。このあたりが、『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』のように、素直にこの映画を楽しめない最大の理由だろうと思います。

train 1
train 2
train 3
train 4
train 5
ウォラックが手錠でつながった監視兵もろとも列車から飛びだし、相手をやっつけたはいいが、石なんかで叩いても手錠は壊れず、やむをえず、列車を使って切る。すばらしいリアリティーのあるシーンで、いったいどうやって撮影したのかと思ったら、リアリティーもなにも、代役なしでウォラック自身がじっさいに列車の前に身をさらしただけだそうな。映画撮影というのはじつにもって剣呑きわまりない!

アメリカではこれがいちばんヒットし、いまもファンが多い(代表はタランティーノ)のは、それなりに理解できます。しかし、いっぽうで、双葉十三郎のように、「まずくなったマカロニ料理もこれだけゴテゴテ味つけすればまだ食べられる」(「スクリーン」誌のコラム「ぼくの採点表」)という評価も、同時代の日本にありました。

わたしは双葉評に賛成です。『続・夕陽のガンマン』だって「まだ食べられる」とはいいながらも、シンプルで力強い『荒野の用心棒』のほうが、材料も新鮮で、調理もあざやかでした。このシリーズが『続・夕陽のガンマン』で終わってしまった理由は知りませんが、当時、さらに続篇がつくられても(『新・夕陽のガンマン』という邦題の映画があったが、例によってこれは輸入会社の作為で、シリーズとは関係ない)、見に行かなかっただろうと思います。

じゃあ、つまらないのかというと、ここが微妙で、ノリのいい前半と、南北戦争の描写を切り抜けたあとの終盤は、おおいに楽しめます。真ん中のテンポの悪い部分をカットすれば、非常に出来のいい娯楽映画になったことでしょう。

☆例によってDVD各種☆


大ヒット作なので、いつでもなんらかの形でパッケージが売られていて、当然、現在もD各種のDVDが出ています。

まずは2枚組のアルティメット・エディション。これはシリーズの他のアルティメット・エディションと同じく、山田康雄の吹き替えが最大の魅力でしょう。

the good ultimate dvd

当然ながら、オマケなしのシンプルなものもあります。

the good dvd

もちろん、ブルーレイも出ているようです。

エンニオ・モリコーネ作のテーマ曲の検討まで行くつもりだったのですが、それは次回、カヴァー・ヴァージョンと並べて検討しようと思います。

スポンサーサイト



テーマ : 60年代の輪郭
ジャンル : 映画

トラックバック

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
プロフィール

songsformovies

Author:songsformovies
黄金光音堂へようこそ!

counter
RSSリンクの表示
カレンダー
10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
検索フォーム
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
リンク