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エリー・グリニッチ追悼 その16 アイク&ティナ・ターナー“リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ”(River Deep Mountain High by Ike & Tina Turner)

2009-10-28

曲名
“リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ”(River Deep Mountain High by Ike & Tina Turner)
アーティスト
アイク&ティナ・ターナー(Ike & Tina Turner)
収録アルバム
『リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ』(River Deep Mountain High)
作曲者
ジェフ・バリー、エリー・グリニッチ、フィル・スペクター(Jeff Barry, Ellie Greenich, Phil Spector)
リリース年
1966年


うちにあるものだけでの比較ですが、エリー・グリニッチの書いた曲のなかでもっともカヴァーが多いのは、このRiver Deep Mountain Highのようです。なにが理由でそういうことになったのか、わたしにはさっぱりわかりませんが!

一回ですませるのは大変なので、二、三回に分けて各ヴァージョンを見ていくことにします。いや、それほどすごいヴァージョンはないのですがね。


ティナ・ターナー


アイク&ティナ・ターナーのRiver Deep Mountain Highでフェンダー・ベースをプレイしたキャロル・ケイが、こんなことをいっていました。

「60年代にはしばしば複数のベースを重ねたことについてよくきかれるのだが、多くの人が誤解している点がある。『複数のベース』とは異なった種類のベースであり、たとえばアップライトとフェンダー、フェンダーとダノ(ダンエレクトロ)を一本ずつ組み合わせることであって、同じ種類のベースを重ねることはない。唯一の例外はRiver Deep Mountain Highで、あのときは二人でフェンダー・ベースをプレイした」

carol kaye
キャロル・ケイ

ハリウッドのスタジオで広くおこなわれていた、複数のベースにユニゾンでプレイさせ、厚みを出したり、輪郭をつけたりする手法が、River Deep Mountain Highでは極限まで追求されたことになります。まったく当てにならない粗雑な伝記本によれば、ベースは4人、キャロル・ケイ、レイ・ポールマン、ジミー・ボンド、ライル・リッツとなっています。

もちろん後二者はアップライト・プレイヤーで、ボンドはアップライトのみ、リッツはフェンダーをプレイしたクレジットを見た記憶があるので、フェンダー×3、アップライト×1の可能性もあります。聴いてみてどうか? そんなことを判断できるわけがないでしょうに!

フィル・スペクターのようなタイプは、コケるなら37位だとか、そういう中途半端なことにはなりません。全力疾走でけつまずき、10メートルかそこら吹っ飛んで、危うく頸椎骨折ぐらいの大コケが似合います。ざっとポップ・ミュージックの歴史を見渡して、これほどみごとな大失敗はほかにはあまりないだろうと思います。さすがはフィル・スペクター、しみったれたことはしなかった、と拍手を送りたくなるようなコケ方でした。

spector tina and ike turner
フィル・スペクター、ティナ・ターナー、アイク・ターナー

でも、イギリスではヒットしたって? アメリカ人から見たら、ビルボード以外はチャートとは呼べないのですよ。ナンシー・シナトラは日本(とイタリア)では人気があったけれど、会社が契約を更新するかどうかで考慮したのはアメリカ国内での売上げだけでした。外国でヒットしたって、アメリカ人の知ったことではないのです。スペクター自身、そのことをよく承知していたから、この大コケのあと、引きこもりになってしまったのです。

なぜコケたか? スペクター自身の分析では、一般向けではなかった、とのことだそうですが、まあ、ヒットしなかったものはすべてそうです。だから、占いが当たったとかいうのといっしょで(あなたはご家族の問題を抱えていますね、といわれれば、たいていの人間は家族の問題を抱えていることに思いあたる!)、外れるはずのない分析をしただけです。

基本のところではスペクターのいうとおりですが、その「一般向けではない」の第一箇条は、ティナ・ターナーのヴォーカルです。70年代なら、これくらいのアクの強さはどうということはなかったでしょうが、60年代なかばにあっては、このようなヴォーカルは白人ポップ・ステーションでは受容されにくいかったでしょう。白人ポップ・ステーションでエア・プレイを稼げなければ、ポップ・チャートでのヒットはきわめて困難、というか、ほぼ絶望です。まだ保守的な時代でした。

river deep mountain high

これだけですでにヒットの望みは絶たれているので、これ以上、あれこれいわなくてもいいかもしれませんが、サウンドもやはり、やりすぎ、行き過ぎと感じます。エゴ・トリップに入った人が、ビッグ・プロダクションに向かうのはやむをえないとは思いますが、一歩だけ「アート」に踏み込みすぎました。

もちろん、「すぐれたサウンド」ではありますが、「好かれるサウンド」かどうかは微妙なところでしょう。わたし自身は、同じ路線でも、ライチャウスのほうがバランスがいいと感じます。聴いていて楽しめます。River Deep Mountain Highは疲れます。野心的なサウンドではありますが、なんだか、自分の手で自分の胸に勲章を飾っているような手つきが音の向こうに見え隠れします。

楽曲としての魅力も薄いと感じます。バリー=グリニッチの曲の最大の美点は、スムーズな流れです。おそらく、それが当たり前の循環コードを多用した理由でしょう。とんでもないところにいかない曲の心地よさ、といったものがバリー=グリニッチのヒット連発を支えたとわたしは考えています。

phil spector ike and tina turner

ところがRiver Deep Mountain Highは、そこらじゅうに段差があって、手抜き工事の高速道路を走っているように、しばしばガクン、ガクンとのめりそうになります。

いや、それ以前に、冒頭のBフラット・スケールを一段一段上がっていくフレーズが、なんとも大仰で、おばあさんが「よっこらしょ」と階段を上っていくような重苦しさが感じられ、好きになれません。ティナ・ターナーはまだしもこの難所を無難にかわしていますが、ほかの多くのヴァージョンは、ここを聴いただけでイヤになります。

冒頭の重さは好まないものの、ヴァースはまあまあの出来です。でも、It gets deeperに入るときも、Do I love youに入るときも違和感があります。ヴァース、コーラス、ブリッジというのは、基本的には別個の独立した曲と考えていいのですが、それがうまくつながる(あるいは、うまくチェンジ・オヴ・ペースになる)かどうかは、それぞれの曲によって異なります。River Deep Mountain Highについては、わたしはどこもイヤな段差を感じます。バリー=グリニッチがこういう曲を書くのかねえ、ですよ。

さらにいえば、ブリッジはもっとダメで、かつてのスペクターなら、こんな無意味な部分はあっさり切り捨て、冗漫さのないコンパクトなシングル盤をつくったでしょう。エゴ・トリップに入っていたか、逆に、鬱状態だったかのどちらかで、判断を誤ったと思います。

カリフォルニアの地震のときでしたっけ、高速道路の桁がみな落ちて、ジグザグ模様になったのは? わたしがこのRiver Deep Mountain Highという楽曲から感じるのは、桁が落ちて通行できない高速道路のすがたです。

スペクターは、この段差を承知していながら、アレンジとプロデュースで滑らかに均せると考えていたようです。残念でした。上手の手から水が漏れたようです。事故が起きるときには、判断ミスが重なるものなのです。

spector tina and ike turner

レノン=マッカートニーが世紀のソングライター・チームになった理由は、異質な曲を接続するときに、めったに判断ミスをしなかったことです。くらべる相手が悪いとは思いますが、単純な判断ミス、遠慮、力関係、いろいろな要素が絡まって、バリー=グリニッチとフィル・スペクターの久方ぶりの再会は、スペクターの一時的引退という苦い「果実」をみのらせただけでした。

このとき、ジェフ・バリーとエリー・グリニッチはすでに離婚、二人はスペクターと感情的に対立していた、なんていう、本来なら考慮すべきではないプライヴェートな事情も、この曲がギクシャクした構造になった理由ではないかと、よけいなことまで思いました。

さすがは、一度はスペクターに引導を渡した曲、カヴァーまではたどり着けなかったので、それは次回に持ち越しとさせていただきます。

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テーマ : 60年代の輪郭(音楽)
ジャンル : 音楽

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私の持っている本に「ロック不滅の100曲」というのがあります。これはイギリスの音楽誌「Mojo」が97年に特集掲載した記事の全訳で、アンケート形式によって「ポール・マッカートニー、ノエル・ギャラガー、ブライアン・ウィルソンら総勢139名の世界の一流ミュージシャン、プロデューサーたち」が100曲のシングルを選出したよくあるベストもの企画です。「関係者たちのアッと驚くインサインド・ストーリー」が多数盛り込まれているという代物なのですが、「リヴァー・ディープ~」はなんと8位。ピーター・アッシャーが「フィル最高のウォール・オブ・サウンド。アメリカでヒットしなかったのは不可解」、ブライアン・ウィルソンは「大ヒットして当然だったがアメリカでは全くウケなかった」というコメントを寄せています。いやいや、単純に曲の出来だろう、と。今やロックのスタンダード、批判するのが憚られる「名曲」だったので、少なくとも自分の意見に近い方が存在して安心しました。

Re: タイトルなし

議員だって、投票するとああいう人たちばかりになるくらいで、まして、投票など、はなからなじまない芸の世界の話、そんなことに爪の先ほどの意味もないから、やめればよかろうと思いますが、ウェブの時代になったら、そこらじゅうratingだらけになり、呆れています。Mojoなんていう知的レベルの低いコレクター雑誌が考えそうな企画ですね。盤集めと音楽を聴くことは、まったく次元の異なる行為で、そこのところは峻別するべきでしょう。だれよりもたくさん盤を集めた人が一等賞、というゲームをやっているわけではないのですから。

まあ、本文にも書いたとおり、River Deep Mountain Highは「野心的なサウンド」だとは思います。音楽関係者はみな、スペクターように、自画自賛の巨大プロダクションをやってみたいのでしょう。野心のない人間は音楽業界にはいませんから。そして、野心ほど冷静な判断から遠いものはありません。

音楽関係者が思い違いをしないのならば、だれもがつねに傑作とナンバーワン・ヒットしかつくらず、ぜったいにスペクターのような大失敗はしない、ということになってしまいます。音楽関係者に投票させればいい曲が集まるなんて理屈は、どう逆立ちしても成り立ちません。

そもそも、だれかにかわりに音楽を聴いてもらうわけではなく、自分が聴くわけで、それ以外に盤の用途などないのだから、もともと、他人の意見など、ほとんどなんの意味もないのですが、われわれの悲しい性として、よそさんはどうお考えであろうかと、つい周囲を見渡してしまうわけですよね。

それで本を読んだり、ブログなどをのぞいてみたりするのですが、でも、究極においては、自分が楽しいと感じるものがすべてであって、他人がたとえ百万人たばになって楽しいと感じても、自分の感覚には影響しないのではないでしょうか。わたしは鈍感で、横柄なだけなのかもしれませんが!
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