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Lisa by Franz Waxman (OST 『裏窓』より)

2009-07-04

タイトル
Lisa
アーティスト
Franz Waxman (OST)
ライター
Franz Waxman
収録アルバム
N/A (映画『裏窓』挿入曲)
リリース年
1954年
昨夜、巨人=中日戦の中継を見ていたら、立浪選手が打席に立っているほんの短いあいだに、アナウンサー、ベンチ・リポーターの両方が不思議なことをいうので、そこらじゅうに食べ物を吹き出しそうになりました。

アナウンサーがいうには、立浪は22年間にわたってドラゴンズの「屋台骨を引っ張ってきた」のだそうです。ん?

屋台骨=「屋台の骨組。また、家屋の柱・梁など」と広辞苑にあります。熟した言いまわしとしてはもちろん「屋台骨を支える」があります。いうまでもなく、ある集団の中心になって活躍することです。これを「屋台骨を引っ張る」と変形すると、わたしは正反対の状況をイメージします。その集団を壊滅させようという行為。大黒柱を引っ張って倒そうとするような絵柄が浮かんでくるのですな。

使いつけない言いまわしだから、するっと出てこなくて、他の言いまわし、たとえば、「先頭に立ってチームを引っ張ってきた」などと、ゴチャゴチャになってしまったというところでしょう。こういうときは、解説者がツッコミを入れて、アナウンサーにボケさせてやらないと、可哀想ですなあ。

そして、ベンチ・リポーターは……いや、もうやめておきましょう。おいおい、いま打席に立っている選手を引退させてしまうなよ、と大笑いさせてもらいました。たまにテレビを見るとこれだから、つぎにスウィッチを入れるのは一カ月後なんてことになってしまうのです。わたしが骨壺に入るころには、テレビでは日本語とは思えない言語が飛び交っていることでしょうな。いや、すでにそうなっているのかもしれません、いやいや、わたしの骨壺ではなく、テレビの日本語のことですが。さあ、今日もみんなで元気に日本国の屋台骨を引っ張ろう!


◆ シングアロング・チューン ◆◆
さて、『裏窓』の音楽のつづきです。『裏窓』では、新たに書かれた曲は少なく、多くは既存の曲をそのまま、あるいはピアノ・インストなどにしてほとんどノン・ストップで流す、あの時代にあっては異例のサウンドトラックになっています。

たとえば、レコードがそのまま使われたものとしては、一階の“ミス・ロンリー・ハート”(と主人公が名づける)が、存在しないボーイ・フレンドを招いて、架空の晩餐を供するパントマイム場面で流れる、ビング・クロスビーのTo See You (Is to Love You)があります。

♪ "To see you is to love you. And you're never out of sight"
この女性の暮らしぶりには、ジェイムズ・ステュワートもグレイス・ケリーも気を惹かれ、同様に、われわれ観客も彼女の寂しい境遇に深い同情を寄せることになります。彼女の運命には音楽が深く関わってくるのですが、これ以上書くと、ルール違反になりそうなので、やめておきます。

また、ナット・キング・コールのヴァージョンで有名なMona Lisaも大きくフィーチャーされます。ただし、歌っているのは彼ではなく、劇中のパーティーの客たちです。十数人で元気に歌うタイプの曲ではないと思いますが、酒が入ると、人間、こんなものでしょう。

YouTubeにはこのシークェンスのクリップがあるのですが、エンベッドできないので、ご興味のある方はあちらへ行ってご覧あれ。クリップを見る。

ここはクライマクスに向けての準備が進む重要なポイントで、いろいろなことが起きるのですが、それだけに、ここだけ見るのもぐあいが悪いかもしれません。Mona Lisaはこのクリップの冒頭に出てくるので、そこだけでおやめになったほうがいいでしょう。この歌をバックに、一階の“ミス・ロンリーハート”の部屋では、ちょっとしたドラマが起きることになります。

Mona Lisaを書いたのは、レイ・エヴァンズとジェイ・リヴィングトンのコンビです。彼らは、当家でも一昨年のクリスマス・ソング特集で取り上げた、かのSiver Bellsの作者でもあります。Siver Bellsをもっているだけでも、一生、食べるに困らないのに、Mona Lisaまでもっていては、金の使い道に困ったでしょうな。

しかし、昔はやっぱり考え方が違うというか、繰り返しになりますが、酔っぱらって大勢でシングアロングするのに、Mona Lisaほど不向きな曲はないと思います。マイナーへいくところで、十人がうち五人ははずすんじゃないでしょうか。それでも、とくにシングアロング困難と思っていないということは、あの時代にはむずかしい歌が山ほどあったことを示しているのかもしれません。ほかの曲にくらべれば、Mona Lisaはちょいちょいだ、ということでは?

映画はジェイムズ・ステュワートの視野のなかで終始するので、劇中ではこの部屋を外から見たショットはほとんどない。最後にそれがわかるときには、ほかのことで忙しいので、どんな外壁かなどといった些事には、おそらくだれも注意を向けていないだろう。
この曲のナット・コール盤が、映画のなかでうまく使われているのを見た記憶があるのですが、肝心のタイトルが思いだせません。調べてみると、これはそもそもアラン・ラッド主演の『別働隊』(1950年)のためにつくられたものだそうです。そりゃそうですね、エヴァンズとリヴィングストンは撮影所専属のソングライターだったのですから。

そして、わたしが昔、テレビで見たのは、1986年のその名も『モナリザ』という映画だったようです。なんだ、馬鹿馬鹿しい!


◆ グレイス・ケリーのテーマ ◆◆
タイトルが似ていて話が混乱しますが、この映画でのグレイス・ケリーの役名はリサで、フランツ・ワクスマンはLisaというタイトルの彼女のテーマ曲を書きました。

これは『裏窓』のなかでもっとも目だつ曲です。前回、くわしくご紹介した、デイヴィッド・セヴィル(ロス・バグダサリアン)扮する近所のソングライターが、劇中、何度もこの曲の断片をプレイしたり、手直しをしたり、スモール・コンボで演奏したりしたあげく、最後はフル・オーケストレーションをほどこしたヴァージョンが流れるのです。

なんだか楽屋オチのようですが、劇中、グレイス・ケリーが、この曲を耳に留め、「あら、またこの曲。あの人はいったいどこから、こんなにすばらしい曲のインスピレーションを得るのかしら?」と賞賛するシーンがあります(もっとも、ジェイムズ・ステュワートに「毎月一度、女家主から得ているのさ」とまぜっかえされる)。

「あら、またあの曲。あの人はいったいどこからこんなすばらしい曲のインスピレーションを得ているのかしら?」
♪ "Dream forever in your arms, oh, Lisa"
「毎月一回、女家主にインスピレーションをもらっているだけさ」
この曲はリサ自身に賞賛されるばかりでなく、一階の“ミス・ロンリー・ハート”の運命も変え、彼女にも、作曲家自身まで含めて賞賛されることになります。惜しむらくは、悪い曲ではないものの、聴いた瞬間、ビルボードでどこまでいくだろう、20位台か、いや、トップテンか、などと考えるタイプのキャッチーなメロディーではないことです。でもまあ、エルヴィス以前の時代だから、20位ぐらいは狙える?

「これがヒットしてくれるといいんだけどね」
ヒチコック自身は、ポップ・ソングが誕生し、修正を加えられ、徐々に形を整えて、最後に完成品になるところを、映画のなかで描いてみたかったといっているそうです。それほど大げさなものでもないと思いますが、大きな話のまわりに小さな話をたくさんちりばめてあることを特徴とするこの映画の、ひとつの魅力になっているのはたしかです。


◆ “音楽監督”アルフレッド・ヒチコック ◆◆
60年代のヒット曲がしばしば映画のなかで流れるようになった70年代末以来、とくに疑問に思うようになったのですが、ああいう曲を選ぶのはだれなのでしょうか? 音楽監督なのか、それとも監督自身なのか、あるいは、すでにシナリオに指定されていることもあるのか?

『裏窓』の場合は、「description of the manner in which the music is used」すなわち「音楽の使用の仕方に関する詳細」という、6ページにわたるヒチコックの指示書が残されているそうです。パラマウントのルイス・リプストーンとシド・ハーマン(調べたが経歴判明せず)というスタッフの手を借り、監督自身が、どのシーンで、どの曲を、どのように使うかを決めて、スタッフに周知徹底したというのです。

驚くべきことは監督が選曲に容喙したしたことではなく、「使用の仕方」を指示したことのほうかもしれません。YouTubeのクリップでも一端をうかがうことができますが、楽曲はしばしばオーヴァーラップして使われていて、この点についても詳細に指示が書いてあるというのです。全体としてどういうふうに音が聞こえなくてはいけないかを、監督自身がイメージし、それをスタッフに伝えようとしたのです。

さすがはヒチコック、並みの監督とはレベルがちがいます。音楽監督はこういうタイプの音楽がわかっている監督を嫌うものですが、理想をいえば、監督というのは、音楽を理解し、つねに画面と音の調和や対比を考えながら映画を作っていかなければいけません。すくなくとも、絵と音の理想的なインターアクションを目指すなら、べつべつにつくるべきではないのです。わたしがジョン・カーペンターの初期作品を持ち上げるのは、そういう意味です。


◆ 棚上げの弁 ◆◆
フランツ・ワクスマンは赫々たるキャリアを誇る作曲家で、前回もふれた、『レベッカ』や『断崖』といったヒチコックの代表作のほかに、『陽のあたる場所』や『サンセット大通り』、もっと古くは『フランケンシュタインの花嫁』などをはじめ、多数の映画のスコアを書いています。

また、ハリウッドのスタジオ人種にはありがちなことですが、キャリアのみならず、人生としても興味深いところがあり、半分はワクスマンのミニ・バイオを書こうと思って、『裏窓』を延長したのですが、結局、そこまでたどり着けませんでした。ほかにもすぐれた作品はあるので、彼のキャリアと人生については、べつの映画のスコアを取り上げるときに、改めて検討しようと思います。

オープニングでは窓のスクリーンがあがったが、エンディングでは逆に降りてくる。
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>屋台骨をひっぱる
おもしろいですね~。
そういえば、放送の世界でも、この種の言葉が増えました。
汚名を挽回したり、押しも押されぬ存在だったり…細かいところまでふくめると、きりがありません。
とくに、ローカルFM局の出演者もみなさんは多いですよ。
真面目なニュース番組でも出てくるから笑います。

放送はライヴのことも多く、言い間違いが起きるのは避けらず、そうなると、訂正するチャンスを逸し、話はどんどん先に行ってしまうのでしょうから、同情はするのですが、やっぱり笑ってしまいますねえ。



慣用的言いまわしは、使うなら変形せずにそのまま使うべきで、そうじゃないなら、慣用句には頼らずにしゃべるべきだと、原則としては思います。でも、慣用句がなぜあるかというと、それを使えばしゃべりやすく、短い言葉で簡単にある概念を伝えることができるからで、慣用句に依存しないでスポーツ中継をしろといっても、絶句してしまうでしょう。だから、日々これ研鑽、いざというときに言い間違えないように努力を積み重ねることが、ああいう職業の人には必要だろうと愚考する次第です。



いや、それにしても、素人になると、たしかにすごいものですよねえ。慣用句の記憶間違い、言い間違いなんて山ほどあるし、根本的に日本語を勘違いしている人もゴロゴロいて、まあ、あそこまでいくと芸の一種か、なんて思っちゃいます。
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