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Rear Window Prelude and Radio by Franz Waxman(OST 『裏窓』より)

2009-07-03

タイトル
Rear Window Prelude and Radio
アーティスト
Franz Waxman (OST)
ライター
Franz Waxman
収録アルバム
N/A (映画『裏窓』挿入曲)
リリース年
1954年
前回の『愛のメモリー』の記事をアップして眠ったら、一時間ほどで目が覚めてしまいました。その目覚める直前に見ていた夢が馬鹿馬鹿しいのなんの。夢のなかでブログを見ていて、コメントに「あなたのObsessionの解釈はまちがっている」とだけ書いてあったのです。ここからヒチコック映画のコピーになり、ヒチコックが有名にした、例のフォーカス操作によるクロースアップで、「間違っている」という文字がガーンと迫ってきたのでした! ソウル・バスが撮影したという『めまい』の悪夢のシーンもかくやです。

書いてはいけない後半の仕掛けにふれる記事をアップしたのが、よほど気になっていたのでしょう。まあ、気にして当然ではありますが、べつに夢に見るほどのことでもないはずなのに、『めまい』にしても『愛のメモリー』にしても、ひどく神経症的な映画だから、そこに反応して、こちらもニューロティックになってしまったようです。

三遊亭圓朝の『真景累ヶ淵』にならっていえば、どちらの映画も『真景めまい』であり『真景愛のメモリー』というところで、なあに、それはみんな神経のせいさ、なのです。しかし、「神経」なんて言葉が流行語だった時代があったというのは、考えてみるとすごいことですな。


◆ 簡単にプロットを ◆◆

さて、本日もまた、「なあに、それは神経のせいさ」といわれてしまった男の話、アルフレッド・ヒチコックの『裏窓』です。

簡単に設定を書いておくと、ジェイムズ・ステュワート扮するカメラマンは、取材に行ったレースでクラッシュに巻き込まれ、左足を骨折してしまいます。片足を丸ごとギプスにくるまれ、永の療養の退屈しのぎに、窓から見える向かいのアパートの住人たちを観察するようになります。そして、ある日、二階の住人が妻とはげしく言い争っているのを目撃します。その夜遅く、激しく雨のふりしきるなか、二階の男は大きなトランクをもって外出します……。

予告篇

プロットはいたってシンプルで、あとは、殺人があったのかなかったのか、というサスペンスだけ、というか、それだって、謎というほどのものではありません。だって、なにもなかった、「目撃者」の妄想だった、という話にしてしまった場合、客を満足させるのはきわめて困難なので、映画製作者があえてそちらの道をとる可能性はほんのわずかしかないことを、われわれ観客は百も承知ですからね。

もちろんヒチコックだって、客がそう看破していることは重々承知、この映画のポイントは謎解きにはないのです。では、なにがポイントかというと、窓越しに見る近所のアパートの住人たちの暮らしと、自分の部屋の中の暮らし、この二つの異なった「世界」のありようを描き、最終的にその二者が無関係ではなく、インターアクトしていることを証明するというドラマ、といったあたりじゃないでしょうか。

向かいのアパートの怪しい男(レイモンド・“ペリー・メイスン&アイアンサイド”・バー)が肉切り包丁を片づけている。
考えようによっては、シリアス・ドラマの素材になりうるものですが、ヒチコックはそういう野暮なことはしません。あくまでもサスペンス・ミステリーを見せる姿勢を貫き通しています。たんに結果的に、ソーシャル・コメンタリーに「なってしまった」だけなのです。

そりゃそうです。しゃっちょこばってシリアスなものなんかつくらなくたって、腕のある作者がまじめに娯楽作品をつくれば、必然的にわれわれの人生のあざやかなタブローができてしまうのです。そのせいで、われわれはいわゆる「エンターテインメント」のほうを好み、純文学や社会派ドラマという野暮天に鼻をつまむのです。

グレイス・ケリー(左)とジェイムズ・ステュワート(スティル)。わたしが不注意なだけかもしれないが、床がこんな模様になっていることは、映画ではわからないと思う。

◆ ヒチコックらしい異例のスコア ◆◆
『裏窓』は、いかにもヒチコックらしい、特異な製作スタイルとナラティヴを採用しています。あらゆるアクションは、セットに組まれた主人公の部屋、そこから見える中庭と近所のアパートのなかでのみ起こるだけでなく、それはすべて、足を骨折して自分の部屋から出られない主人公の目のみを通して、「遠くから語られる」のです。

音楽もまた特異なスタイルになっています。いわゆる「スコア」らしいものは冒頭にしかなく、ドラマがはじまってしまうと、近所の作曲家やダンサーの部屋などから流れてくる「劇中の音楽」だけになってしまうのです。登場人物のだれかが発している、または放送やレコードで聴いている音楽だけで、「映画のバックグラウンド音楽」である純粋なスコアはないのです。

ラジオ。昔はこういうタイプのラジオがどこの家庭にもあった。
ジェイムズ・ステュワートも、その友人の刑事も、男たちはみなこのダンサーに見惚れてしまう。もっともはなはだしいのはブライアン・デ・パーマで、このダンサーのシークェンスをもとに、映画を一本撮ってしまった。
こういう記事を書こうとすると、サウンドトラック盤がリリースされているほうがずっとやりやすいのですが、この映画については、いまだにOSTが存在しないのも、そういう事情があるので、やむをえないのです。

では、OST盤がリリースされていないということは、つまり、音楽は面白くないということなのか? ノー! いや、ふつうの形でないことはたしかですが、『裏窓』は音楽面でも、なるほどねえ、と感心してしまうのです。ヒチコックは生涯に何度も、そういう手があったのか、と大向こうを唸らせるようなことをした監督ですが、『裏窓』の音楽も、「そういう手があったのか」の一例です。音楽監督の意図ではなく、明らかにヒチコックの意志で、「現実音」のみで構成するという方針がとられたのにちがいありません。

「『裏窓』でグレイス・ケリーとジェイムズ・ステュワートに演技をつけるアルフレッド・ヒチコック」なんていうキャプションがつきそうな写真だが、なんだかわざとらしいので、たんなるパブリシティー・ショットだろう。

◆ オープニング・タイトルと前奏曲 ◆◆
とはいえ、そういう方針が決められたあとで、じっさいに譜面を書いたり、選曲をするのは作曲者and/or音楽監督の仕事です。その「実施」の部分でも、『裏窓』の音楽はなかなか楽しめます。『裏窓』の音楽監督、フランツ・ワクスマンは『レベッカ』や『断崖』などで、すでにヒチコックと仕事をしたことのあるヴェテランで、ポップ・チューンが大量に投入されたこの映画のなかでも、いくつかいい曲を書いています。

それではオープニング・タイトルをどうぞ。ただし、このクリップはどういう意図なのか、このシークェンスでもっとも有名な数秒間のショットを切っています。1分をすぎたあたり、ギプスをはめられた足が映った直後にフェイドしていますが、このあとにキャメラが部屋を一周する、短いけれど、非常にだいじなところが飛ばされ、ジェイムズ・ステュワートがひげを剃るところにつないでいます。削除されないように、不完全なものにしてあるのかもしれません。



ジャック・サリヴァンの『Hitchcock's Music』という本によると、この曲はRear Window Prelude and Radioと記録されているそうです。内部的なキュー・シートの記載なので、タイトルというより説明です。といっても、サントラのタイトルは多くの場合、キュー・シートの記載をそのまま書いてあるだけのようですが。

『めまい』とは好対照で、こちらはいかにも軽快な、ジャズ・シンフォニー風オーケストレーション。なんとなくCaravanのように聞こえたり、なんとなくRhapsody in Blueのように聞こえたりする、ごった煮的というかコラージュ的というか、そういうところと、グルーヴが心地よいところがわたしの趣味には合っています。

ひと言でいえば、「よし、この映画はきっと面白いぞ」と確信のもてる絵作りであり、それに見合った浮き浮きするようなスコアです。映画が描こうとしている世界に、これほどスムーズに入っていけるオープニングは、そうめったにお目にかかれるものではありません。


◆ 季節外れの「クリスマス、遅れないでね」 ◆◆
このクリップの途中からはもう「劇中に流れる音楽」に入っていて、画面で説明されているように、ピアノのある部屋の住人、やがてソングライター兼ピアニストであることがわかる人物のラジオから流れる音楽へと切り替わります。

このソングライターを演じている俳優が、ほほう、なのです。クレジット・タイトルではロス・バグダサリアンとなっていますが、こちらの名前で、ああ、とわかってしまう方はそれほどたくさんはいらっしゃらないでしょう。この人はもうひとつの名前、デイヴィッド・セヴィルのほうで、ビルボード・チャート・トッパーをもっているソングライター、シンガー、プロデューサーなのです。

まだおわかりにならない? バグダサリアンまたはセヴィルは、チップマンクスの生みの親、当家でも一昨年のクリスマス・ソング特集でとりあげた、かのThe Chipmunk Songの作者でありシンガーなのです。さらにいえば、チップマンクスではなく、セヴィルの名義でリリースしたWitch Doctorも、ビルボード・チャート・トッパーになっています。

『裏窓』は一回で終わるつもりだったのですが、時間が足りず、延長します。次回はべつの挿入曲と、フランツ・ワクスマンについての予定です。
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バグダサリアンは「カモナ・マイ・ハウス」の作曲者で、今ならジョージ・クルーニーの叔母といったほうがいいのか、ローズマリー・クルーニーの持ち歌。日本では江利チエミが有名にしたのですが、チップ・マンクスのカモナ・マイ・ハウスがUPされておりました。



youtube.com/watch?v=ecleypOc124

たしか、前にもオオノさんに、カモナ・マイ・ハウスのことを教えていただいたはずなのに、脳軟化で忘れてしまったらしく、どうも失礼しました。ソングライターっていうのは、大ヒットがあると楽勝ですねえ。



チップマンクスのクリップも見てきました。音から考えて、オリジナル・シリーズではなく、だいぶ後年のもののようですね。いつもは悪戯で周囲を困らせるアルヴィンが、子どもの大集団にへこたれるという、パターンが定まってからでないとできない裏返しパターンで、笑わせてもらいました。
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