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バディー・リッチ・クリップ その2

2009-06-05

バディー・リッチの両親はヴォードヴィリアンで、バディー自身も四歳のときからステージに立ち、妙ちきりんなかっこうのドラムを叩いていたそうです(ジョニー・カーソン・ショウでその写真が披露されている)。1917年生まれなので、成人したのはスウィング、ビッグ・バンドの時代でした。

ヴォードヴィル芸人としてスタートし、ドラマーとして本格的にキャリアをスタートしたのがビッグ・バンドの時代だったということが、彼のスタイルを決定づけたと思います。彼の特徴は、モダン・ジャズのプレイヤーとは異なり、ショウマンシップに富んだ楽しいプレイをする、ということに尽きます。地味に、渋く、などということは、きっと生涯に一度も考えたことがなかったのでしょう。どこまでも華やかに、とことん派手に、徹底的に目だちまくるドラマーでした。

前回ふれた両方の手で片手ロールをするとか、シンバルの両面打ちだとか、ハイハットを極端に低く、クラッシュ・シンバルの一枚も極端に低くセットする、といったドラマーだけが関心をもつディテールもあるのですが、そういうことは、まあ、この際、おいておきます。


◆ コミカル・プレイ ◆◆
ヴォードヴィリアンとしてスタートしたせいなのか、あるいは、もともとそういうキャラクターなのか、バディー・リッチは純粋主義者のミュージシャンならぜったいにやらないようなことをたくさんしています。



モダン・ジャズのドラマーに、こういうことをやってみないか、などといったら、ふつうは激怒するのではないでしょうか。しかし、バディー・リッチはミュージシャンである前に芸人なので、きっと「Why not?」のひと言で、この馬鹿馬鹿しい芸に挑戦することにしたにちがいありません。たとえバディー・リッチがマックス・ローチやグレイディー・テイトより下手だったとしても、こういうことを平気でやるというだけでおおいに共感できます。



マペット・ショウの一コマ。このときもバディー・リッチは、「Why not?」のひと言だったのではないでしょうか。見上げたヴォードヴィリアン根性です。

ジェリー・ルイスと(1965年)

以前にも書きましたが、ゲーリー・ルイスは「パパの友だちに、昔、すごく有名だったドラマーがいて……」という失礼な回想をしています。昔は有名で、「いま」は有名ではなくなったドラマーというのは、もちろんバディー・リッチのことです。ゲーリーはそのパパの友だちにドラムの手ほどきを受けたなどとのたまっていますが、もちろん、「スティックはこのあたりを握って、こうかまえる」といったことを、自宅の居間できいたなどといったたぐいの「手ほどき」にちがいありません。まったくの想像ですが、ゲーリーの「ドラミング」と称するものも、この「パパ」のプレイと懸隔のないものだったのではないでしょうか! つぎは記録が残っている最後のショウからのクリップです。



七十歳でこれだけ叩ければ、なにもいうことがありません。メル・トーメはリッチと仲がよく、わたしが見たリッチのバイオ・ヴィデオにも出演していましたし、リッチに関する回想記も出版しているそうです。メル・トーメはもちろんシンガーとしてもっともよく知られていますが、The Christmas Song (Chestnuts Roasting on an Open Fire)で知られるソングライターでもあり、アレンジャーでもあり、そして、ドラマーでもありました。探せば、ほかにもメル・トーメがドラムをプレイしているクリップがあります。メル・トーメのキャリアを読んでいて、チコ・マルクスのバンドでドラムを叩いていたというので驚きました。


◆ トーク・ショウの花形 ◆◆
ドラマーとしてこうした遊びをすることでわかりますが、バディー・リッチは天性のユーモリストです。当然、座談の名手でもあり、トーク・ショウのクリップがたくさん残っています。なかでもジョニー・カーソンとはタイムが合うのか、Tonight Showのものには笑えるクリップがたくさんあります。



画質は悪いのですが、生まれ変わるならブルース・リーになりたい、というこの馬鹿話は楽しめました。これもバイオ・ヴィデオに収録されていました。もうひとつ、Tonight Showから。



鉛筆型ドラムスティックというはちょっと欲しいですねえ。鉛筆にも、ドラムスティックにもならないでしょうが! つぎはマーヴ・グリフィン・ショウ。




◆ 映画ほか ◆◆
つぎは、お笑いというわけではないのですが、純粋な音楽ではなく、ヴォードヴィル芸の混入したプレイで、変わり種ではありますが、やはりおおいに楽しめます。

Ship Ahoy

これは1942年の映画Ship Ahoyのシークェンスで、映画のクレジットはトミー・ドーシー・オーケストラとあり、リッチはそのひとりとして出演したことになります。エレノア・パウエルのタップというのをはじめて見ましたが、ちょっとばかり感銘を受けました。

レニー・ブルース・ショウ

おそらく画像キャプチャーの際にレベルを上げすぎたせいでしょう、ピークでひどいノイズが出てしまっていますが、プレイとしてはもっともすぐれたもので、バイオ・ヴィデオで見たときは唸りました。

ドラマーワールドの記事にヴィデオへのリンクがあります。たぶんQuicktimeのプラグインでしょう、なにかが必要だというので、わたしはパスしましたが、このなかにもいいものがあるだろうと思います。わたしがもっているバイオ・ヴィデオには、バディー・グレコがピアノというコンボでのすごいプレイがあり、これも探してみたのですが、結局、YouTubeでは発見できませんでした。
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バディー・リッチ・クリップ その1

2009-06-03

本日は映画音楽シリーズを一休みさせていただきます。理由は簡単、映画をあまり見ていなくて、適当な材料がないのです。

ライヴ・ミュージックこそが本物の音楽だ、という粗略な言説をよく目にします。わたしは純粋主義者ではないし、大胆でもなければ、音痴でもなく、単細胞でもないので、生まれてこの方、そんな愚劣なことはチラとも思ったことがありません。下手なバンドの下手なプレイや、音が無秩序にバウンスする劣悪な音響特性に悩まされるライヴ・ミュージックは、子どものころからあまり好きではありませんでした。

すぐれた、あるいは、特徴あるアコースティックスをもつ環境で、きわめて腕のよい、あるいは独特の考え方をもつエンジニアが、みごとなバランシングでテープに記録した、第一級のプレイヤーたちのすぐれた演奏を聴けるレコーディッド・ミュージックこそがわたしの育ての親であり、この親がなければ、わたしは音楽ファンにはならなかったにちがいありません。

とはいえ、十代はじめから三十代いっぱいぐらいまでは、しばしばホールに足を運んでいました。あまり好きではないライヴ・ミュージックになぜ金を払ったかといえば、「見物」のためです。「見物」の半分は顔、表情を見るためであり、女の子がアイドルを見に行くのとまったく同じ気分です。もう半分は、プレイヤーがどのように手、指、足を使っているかを調べるためです。つまり、劣悪なサウンドとは無関係なレベル、音とは本質的に異なる側面への関心で出かけたのです。


◆ 音楽ヴィデオのおおいなる憂鬱 ◆◆
ライヴもいろいろで、聴くと見るでは大違い、ということもよくあります。名前失念のクラプトンのI Shot the Sheriffで叩いたドラマーがいます。あれなんか、ラジオで聴いて、ドッヒャー、このスネアとハイハットのコンビネーション(ハイハットは裏拍を二打)はぜったい叩けないぜ、と仰天して、武道館まで見に行きました。そうしたら、ライヴではハイハットはふつうに8分を刻んでいて、馬鹿野郎、金返せ、でした。スタジオではスネアとハイハットを別録りしたか、二人のプレイヤーの演奏だったのです。まあ、ふつうのドラマーにはあのコンビネーションは叩けないとわかったのだから、まったくの無意味でもありませんでしたが、そんなことを知るために五千円も払う馬鹿はいないでしょう。

あるいは、ローラ・ニーロやドノヴァンのケースもあります。ローラ・ニーロはドラマーの趣味がよく(というか、彼女のベンチの趣味だろうが)、いわゆるシンガー・ソングライターのなかでは、もっともすぐれたグルーヴをつくっていました(ただし、アルバムGonna Take a Miracleのドラミングは、サウンド、プレイ、ともにまったくいただけない)。そのせいで、うかうかと新宿厚生年金に出かけてしまったのですが、はじまったとたん、ありゃ、とコケました。ステージにあるのはグランド・ピアノだけ、プレイヤーはゼロ。そんなもん、盤でも聴かないのに、なんだって何千円も払ったのかと地団駄踏みました。

同じく新宿厚生年金でのドノヴァンもアコースティック一本で、アホらしくてアホらしくて涙が出そうになりました。ウーム、こういうことを思いだすと、心身の健康に甚大な悪影響があるので、もうやめておきましょう。

わたしの場合、ライヴとはドラマーとギタリストの動きを見るものであり、それ以外のことにはあまり興味がありません。しかし、これだけ映像があふれる時代になると、手の動きを見るためにライヴ会場に足を運ぶのは合理的ではなく、ヴィデオを見たほうが詳細に観察できます。ところが、それでもなお、おおいなる不満が残ります。ドラムがすばらしいフィルインを入れているのに、画面にはシンガーのマヌケ面が映っていたりするのです!

ギタリストがバンドのスターなら、しばしばその手の動きが映されますが、それでもやはり満足することはありません。映像のプロというのは、自分の仕事しか考えていないので、ギタリストにとって好ましい写し方などしてくれないのです。ピッキングする手のクロース・アップが意味をもつことはそれほど多くないでしょう。運指のほうがはるかに重要ですし、もっといえば、運指とピッキングがセットになってはじめて「ギタリストの動きを捉えた映像」と呼べます。このへんのことを映像のプロはまったく考慮しません。画角がどうの、パーンがどうのと、そういうことしか頭にないのです。

というわけで、理想的には、きわめて近くで、自分の目で観察する、という形にしなければいけないのですが、そういうことはありえません。いや、ハル・ブレインは駆け出しのときに、アール・パーマーの許しを得て、ストゥールの斜め後ろに坐って、譜面を読みながらアールのプレイを観察したことがあるそうですが、そんなチャンスがある人はほんの一握りで、われわれにそんな機会が巡ってくることはほとんどありません。いや、現代のドラマーなら、アメリカでも日本でもある、夏のワークショップなどに出かければ、ご本人の解説付きで、微細にプレイを観察するチャンスがあります。まったくうらやましい話ですが、わたしの好むドラマーに関するかぎり、もうそのチャンスはありません。


◆ ザ・ワールズ・グレイテスト・ドラマー・イン・アクション ◆◆
やっと本題です。そういう八方ふさがりのなかで、この人のプレイだけは、夾雑物なしに心ゆくまで視覚的に堪能することができます。そう、ザ・ワールズ・グレイテスト・ドラマー、バディー・リッチです。バディー・リッチの場合、つねにスターは彼自身だから、カメラは彼の動きを追ってくれるので、すばらしいフィルインの手の動きを見逃してくやしい思いをすることはありません。では、最初は白髪をいただいた、めでたい最晩年のクリップをどうぞ。

old buddy rich

まず思うのは、タイムというのはその人固有のものであり、それは年齢にはあまり左右されないということです。史上最高のドラマーだから当然かもしれませんが、若いころにくらべてタイムが早くなってもいなければ、遅くなってもいなくて、なるほどなあ、でした。リッチのメイン・セットはスリンガーランドなのですが、ここではラディックを使っていて、スネアもラディックにちがいないという乾いた音です。これはリッチのセッティングとしてはスタンダードで、1タム、2フロア・タム、スプラッシュ・シンバル(径の非常に小さな薄いもので、名前の通り「パシャン」といった感じの音がする)あり、です。

ジーン・クルーパとのドラム・バトル

サミー・デイヴィス・ジュニア・ショウの一コマです。薬物の影響が残っていた、などの配慮するべきハンディキャップがあったのかもしれませんが、このクリップでのジーン・クルーパのプレイはおおいに引っかかりました。ミスも多いし、キレも悪く、タイムも正確とはいえません。二人並べると、リッチの安定感がより明瞭になります。

67年?

文句なし! だれもがいうように、バディー・リッチは史上最高のテクニシャンだとわたしも思います。しかし、強調すべきは技術ではなく、彼のタイムのほうです。このパフォーマンスがどこまでも快感なのは、彼のタイムのおかげなのです。ぜったいにラッシュせず、つねに軽くうしろに重心がかかったグルーヴだから、つぎつぎに繰り出される技がすばらしいものに感じられるのです。タイムが不安定であったり、16分音符が寸詰まってしまうようでは、細かい技など鬱陶しいだけです。どんなにテンポが速く、どれほど音符が細かくなっても、ぜったいに寸詰まりにならない、懐の深いグルーヴこそがバディー・リッチの身上であり、彼を史上最高のドラマーたらしめた最大の要素なのです。どれほどすぐれたテクニックを持っていても、グルーヴがダメならなんの意味もありません。

"Two O'Clock Jump," 1964

じつにきれいなロールで惚れ惚れします。リッチが得意とした片手ロールもよくわかるクリップで、つまり、リッチの場合、両手ロールは「二倍片手ロール」なのだと納得がいきます。いつも片手だけでもロールに聞こえるように叩いているのです。

レッスン

御大自身が解説していますが、二種類あるスティックの持ち方についての考えを述べています。ロック系ドラマーがよくやる、左右同じようにかまえる「マッチ(ング)・グリップ」と、ジャズ系ドラマーが好む「レギュラー・グリップ」のちがいです。多少の誇張がありますが、リッチのいうとおり、マッチ・グリップの場合、スムーズに腕を使えない場面もたしかにあります。

ロック系ドラミングの場合、リッチのような細かいプレイはめったにやらず、力強い左手のバックビートが求められるので、レギュラーよりマッチのほうがやりやすいことも多いはずです。レギュラーを使うロック・ドラマー、たとえばバリー・J・ウィルソンやディノ・ダネリは、力強さを出すために、レギュラーなのにがっちり握りしめてプレイしています。あれは「変形レギュラー」という感じで、純粋なレギュラーとは異なったタイプのグリップではないかと感じます。

それにしても、タムタムの一打をミスって、カメラに向かって「shit!」というところでは笑いました。ミスも芸のうちにしてしまうところが、いかにもバディー・リッチらしいショウマンシップだと感じます。ただのドラマーではなく、つねにスターだったのです。リッチのためにひと言加えておくと、彼ほどミスの少ないドラマーをわたしは知りません。

ブラシ

10年ほど前に、バディー・リッチのバイオ・ヴィデオを買ったときに思ったのは、ブラシなんてものがこんなに面白いとは知らなかった、ということです。このクリップを見ても、いやはや、すんげえものだなあ、と思うのみ。

With Harry James in 1965 playing 'Sunday Morning'.

これまたけっこうなプレイで、ハリー・ジェイムズも「さすがは」です。1965年という時代が細部に反映されているように感じます。グルーヴ自体、50年代までのハリー・ジェイムズ・オーケストラなら考えられないようなもので、レイ・チャールズのバッキングかと思ってしまいます。形を見てもメーカーがわからないのですが、エレクトリック・ピアノも面白いサウンドで、見どころ、聴きどころの多いクリップです。バディー・リッチにロック/R&B的なプレイをさせたいとは思いませんが、こういうものも残されていたのはありがたいことです。

Time Being Part 1

Time Being Part 2

60年代後半から、バディー・リッチも純粋な4ビートをやる機会は少なくなり、こういう傾向のものが中心になります。わたしは、バディー・リッチがいちばんいいのは、高速の4ビートだと思っているので、やや残念なのですが、ビッグバンドを成立させる前提が崩壊したなかでやっていたわけで、時代と折り合いをつけなければならなかったのでしょう。むろん、こうしたプレイだってすばらしくないわけではなく、十分に楽しいので、文句があるわけではありません。

せっかく大量のクリップを見たので、もう一回だけバディー・リッチをつづけようと思います。つぎは、彼のべつの側面を捉えたクリップを集めた「バディー・リッチ・アラカルト」です。笑えるのがたくさんあるんです。
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